FOOD DESIGN / OTHER

私事ですが。

みなさま沢山のメッセージをありがとうございました。

宮城県塩竈市の僧も今年で35歳になりました。

わずか100年前世界の平均寿命はなんと31歳 (日本ですら44歳)だったことを考えれば、一日本人として「現状の尊さ」を受容しもっともっと世の中に貢献し、今までお世話になってきた先輩方やこの国を良くするために貢献しなくてはならないと考えます。

昨年フリーランスとして自分の事業を立ち上げた私ですが

振り返ってみると私の人生の約半分は 飲食業を生業として

人に「おいしいもの」を届けることを継続してまいりました。

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22歳大学を卒業する時の私は東京の飲食店を24社面接していました。「大学まで出て、赤ちょうちん」って 学費を出してくれた両親の気持ちはきっと複雑な気持ちだったと思いますが、最後は頑張りなさいと応援してくれました。

29歳の時 それまでずっと歩んできた和食の道だけではと思い、イタリアへの修行を志しました。

32歳の僕は 青森県の 地産地消というキーワードに、尊敬する笹森シェフのもと 青森市のお店にシェフとして奮闘しておりました。

そして34歳にして 僕は自分のスタンスでORTO ICHIHARA (オルトイチハラ)という自己ブランドを作ることが出来、

学ぶことだけではなく イーティングデザイナーとして学びを世に還元、挑戦することを決意しました。

料理教室やハレの日のパーティー、 ケータリング ソムリエとしての食事の時間のトータルの面白みを お店ではない柔軟なスタンスで、メニューやテーマはお客様のスタイルにそったカタチで提供してくのです。

ゆくゆくは 「畑と食卓」、「ワインと食事」「日本の食文化を世界に」の3つをキーワードに一人一人にあった「ハレの日を」プレゼントしていきたい。

 小さくてもいいので、着実にお客様に喜んでいただける活動を展開していけたらと思っています。

駆け出しで まだまだ認知が少ないものですが 、目の前でとびっきりの笑顔に出逢える瞬間が味わえるこの仕事は 本当に何物にも代え難い喜びがある素晴らしい仕事だと信じています。

野菜を届けてくれる人、東京という世界のいろんな食に出逢えるこのエリアに身をおけること、そして僕を支えてくれる妻や 家族

そして 先輩や友達、

青森でイタリアで東京で いろんな人に支えられ今があることに感謝を忘れずに 今後も走っていけたらどんなに素晴らしいでしょう。

皆さんにとってかけがえの無い一人でありたい 「この人に料理を頼んだら本当にたのしかった」「この人の言ってるワインの知識で私の楽しみのお酒選びがもっと豊かになった」「この人でなくてはならない」何かを考え 提供し続けたいと考えています。

現状に慢心することなく、もっと高みを目指してプロとして精進し、一流として恥じないサービスを提供いたしてまいります。

今後ともイチハラを何卒よろしくお願いいたします。

沢山のメッセージをありがとうございました。

2015年3月9日